4.当たり前の生活

大反響だった実話

「小5と余命宣告」の続き。


初めての方は、1.からどうぞ。


1.小5と余命宣告

2.余命宣告後の現実

3.病人と思春期



心臓に生えてきた毛を、

これからは「心毛(こころげ)」と書こうかな(笑)

心屋(こころや)さんて人がいるらしいから、

ま、アリっしょ!(笑)


そう、その心毛も

小学生の頃には

細くてかわいらしいうぶ毛だったのが

どんどん太く、しっかりした毛に

なっていこうとしていた。。。。


これは、もう多分、

ヒゲの仲間だ(笑)



生活保護の支給額が、

決して多くはないだろう。

ということは、

子どもながらに、

ちゃんとわかっていた。


だから

何かが欲しい。と思ったことも

あんまりない。

学校で必要なものがあるときに

払えるのか、心配していたくらいだ。


小学生時代は、

電話が止まることは、

しょっちゅうだった。


当時は、携帯電話なんてないし

友達との連絡のやりとりは

家の電話だったからね。

あのガイダンスが

すっごく恥ずかしかったのを

覚えている。


友達が、ウチの番号に掛けると


「この番号は、お客様のご都合によりお繋ぎできません」


って流れるの。


どうして、それが流れるのか。を

知らない友達の方が多かったから、

必死でとぼけていた。


電話代を払ってないから

止められてるの。


なんて、恥ずかしくて

言えないよ。


と、言いつつ

電話くらいなら

まだ良いほうだった。


こんなカンジで

我が家のライフラインは

いつも不安定だった(笑)


でも、これが、私にとっては

ごくフツーで、当たり前の生活だった。

良い。悪い。なんて判断もなく

幸か不幸かを考えることもなく

そう、ホントに当たり前。


上下。で分けるのは

あまり好きではないが


上を見たら、キリがない。

下を見たら、

私はかなり恵まれていた。


ってか、上ってなによ?

誰もが羨むお金持ちが

本当に、幸せに暮らしているか。

なんて、わかんないしね(笑)


そう。

「かわいそうな子」

と、哀れな目をして

私を見ていた大人たちが

私より幸せにイキイキと過ごしていたか。

なぁんて、

わかんないんだから(笑)


この家に産まれ、育ってきた以上

当たり前であり、フツーであり

この中でどう生きるか。


だけだった。


少なくても、周囲に

「かわいそうな子」

「大変な子」

と見られていると

ちゃんとわかっていながら

当の本人は

そんな風に、自分がかわいそう

なんて感じたこと

一度もなかったのだから(笑)


その、超人的なプラス思考というか

天性の勘違い?能力だけは

誰よりも優れたものを

持っているからね(笑)



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5.部屋と包丁と私

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